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このヒビに終止符を


にわかに肋を痛めたのでブログを書きます。


さて、あの春のことから書こうか。



4月。運良くボート部の新勧をかいくぐり、サイクリング部の新勧にばかり行っていました。初めての一人暮らしに調子に乗り、自転車に乗り、調子に乗っていました。



5月。起承転結で言えばまだ承に入ったばかりなのに、早々に転機が訪れます。サイクリング部の抽選に落ちました。1番仲の良かった友達は受かって、私は落ちました。大阪大学は受かったのに、サークルは落ちました。



1番仲の良かった友達に、ボート部はやめとけと言われました。時間の拘束がひどいと。生活を蝕まれると。絶対きついと。



2番目に仲の良かった友達に、ボート部を勧められました。先輩が筋肉満々でカッコイイと。文学部なんてメガネ陰キャしかいないんやから、一緒に入ろうと。



筋肉満々にもメガネ陰キャにもそれほど特別な感情は抱きませんけど、私はボート部の試乗会に行きました。そして、全然漕げませんでした。衝撃でした。そしてその場で入部宣言しました。



「上手く漕げなくて悔しいから、入部します」

果たして、こんな宣言をした人が今までにいたんでしょうか。



私は何度も後悔しました。まず、入部宣言した次の日にモノレールの始発に乗って艇庫に来るように言われて後悔しました。1番仲の良かった友達と遊べなくなって後悔しました。2番目に仲の良かった友達が退部しちゃって後悔しました。夏休みの練習形態を聞いて後悔しました。上手く漕げるようになる前に、夏の日差しに上手く焦げてしまって後悔しました。人間やめたくなるような2000t.t.の日に呑気な文学部の陰キャを見て後悔しました。



それでもここに居るのは、ボートが好きだからとか、ボート部が好きだからとか、ありがちでつまんないのでそういうのは言いません、はは。



根本的な所は体育会系なのかも知れません。またもやプライドです。最初の加古レでやめますと宣言して箸とシェイカーを毎日持って帰り、靴箱の名前シールを剥がして、いつでも辞めれるように準備していた私が、加古レ後にその手で名前シールを貼り直した時、その頭の中にあったのは、こんなんで辞めれるわけないやんけ、でした。



あれから2年経って、最初のレースで一緒に戦った人はcox、マネ含めて全員いません。元気ですか?加古レ5位のリベンジは済んだよ。まだここに居るよ。残っている私が偉いとか、正しいとか、そういうわけではないでしょう、そんなしょうもないことは言いませんよ、もちろん。



ただ一つ。ドカンと1発やってから引退したいです。大学生活を振り返った時に、卒業論文のテーマより先に思い出すような、胸アツな1発を。調子に乗り、ボートに乗り、調子に乗り続けるヒビに終止符を打てるような1発を。気合い十分。まずは肋のヒビに終止符を。



女子部はもうすぐ選考です。ドカンと一緒にやってくれる人、募集。ほら、ぼーっとしてないで?キミのことだよ。



(ゆっきーまた来てね。)


女子部主将 平尾

大阪大学ボート部 * - * 20:50 * comments(0)

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